俳句ポスト365(兼題:蓮根掘る)

2013.11.29.Fri.18:10
漱ぎても泥残る口蓮根掘(季語:蓮根掘(はすねほり))評価→人

蓮根

先週に引き続き、まつやま俳句ポスト365にて「人」に入選しました。
「蓮根掘る」という聞き慣れない兼題をWEBや動画サイトで自分なりに研究
出来た結果かなと思います。ただ、またしてもと言いましょうか、自信作
は落選、入選句は最後のどさくさに作ったものでした。メインディッシュより
冷蔵庫の残り物で作ったスープが評価されたようなものでやや複雑な心境です。
まあ、残り物には福があると解釈しておきましょう。(そうでないと、辛いッス)

句自体も最後に詠んだ物だけあって推敲が不足している感があります。
投句してから気付いたのですが、中七「泥残る口」は少々工夫が足りなかった
です。今なら「泥噛んでゐる」「泥食べてゐる」とでも小細工を弄したい
ところです。

「天」「地」の受賞者でも実際に「蓮根掘り」を体験した事のない方が
少なからずいらっしゃったようです。「経験してないから詠めなかった」という
言い訳は通りませんね。
今回先生の講評を読ませて頂いて一つわかったのが、自分の句は「天」「地」
のお句と同じ十七字でもなんとスケールが小さいというか、表現できることが
限定されているというか。句に余韻や広がりを持たせる技巧は、十七字を
三十字にも百字にも出来るのだなと痛感した次第です。簡単には会得
できなそうなテクニックなので、まずは句作の際の意識改革から始めるつもりです。

え、落選句見たいですか??
ごめんなさい!ご勘弁を。まだ心の傷(大げさ)が癒えてなくて・・・。
客観視というのは難しいものですね。

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*画像は「写真素材 足成」様より頂きました。

蟷螂の枯れてなほ射る眼かな

2013.11.27.Wed.05:00
蟷螂の枯れてなほ射る眼かな(季語:枯蟷螂(かれとうろう))

眼:まなこ

枯蟷螂

庭に丸く刈り込んだ満天星紅葉(どうだんもみじ)が有り、今を盛りと赤く
燃えております。この満天星紅葉で是非一句と意気込んだものの、なにせ
七文字という字数の多さ。例句も見当たらず、定型では無理かな等と考えつつ
観察していたら、蟷螂がちょこんと乗っていました。夏ならば「ずっしりと」
乗っていたとでもいうべきでしょうが、痩せ細り触っても反応無し。ただ
こちらを凝視する眼光のみ鋭く・・・。おそらくは産卵を終えた雌なのでしょう。

俳句で冬の蟷螂といえは枯蟷螂。その痛々しさを描写する句が多いです。
しかし私は蟷螂の目に一日でも長く生きる意志を見ました。決して枯れ果てた
目ではありませんでした。気候にもよりますが、自然界では十二月中旬ぐらい
まで生き残るそうです。あと二、三週間の命となります。それが長いか
短いか、皆様の判断に委ねますが、卵から成虫になる確率が約百分の一以下
であることを考えると冬まで生き残ったことは長寿といえるでしょう。
その夜嵐だったのもあって翌朝同じ場所にはいませんでしたが、是非とも
再会して、また睨みつけられたいと思っています。

・・・えっ、満天星紅葉はどうなったかって?
枯蟷螂と一緒に詠めなかったし、宿題ですかなこりゃ。
(こうして宿題を溜めに溜めるタイプです)

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小春日や天から頭痛授けらる

2013.11.24.Sun.05:00
小春日や天から頭痛授けらる(季語:小春日)

小春日和

私の住む千葉では随分長い間小春日和が続いていますが、夜はそれなりに
冷え込みます。その寒暖の差のせいなのか、いつもに増して頭痛に
苦しめられております。通常の頭痛に加え、持病の片頭痛や頸椎ヘルニアが
活発化しているようで、薬や運動(ストレッチ)で痛みを散らしながらの
我慢が続きます。
頭痛ごときで大げさながら、心までも参ってしまう時もあるのですが、
カトリックの渡辺和子先生が「病は天からの贈り物」とのことを
仰っていたのを思い出し、このしつこい頭痛も私へのプレゼントであるから
耐えれば何かしら益があるに違いないと、今は開き直るようにしております。
日中の寒暖の差があってこそ銀杏も美しく色づくそうです。
私もこれに負けずにいればよい事もあるだろう、いい句も作れるだろうと
確信する次第です。

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俳句ポスト365(兼題:枯葎)

2013.11.21.Thu.20:34
枯葎絡めば波を蹴る如し(季語:枯葎)評価→人

枯葎

まつやま俳句ポスト365、四回目の挑戦にしてやっと「人」に入選する
事が出来ました。といっても四句も投句したので、なつき組長、もとい先生が
根負けされたのかもしれません。(三句撃沈・・・)
この句は自分が幼いころ枯葎に嵌って抜け出られなくなりそうだった時を
思い出して詠んだのですが、反省点をあげると出来れば直喩でなく暗喩に
してみたかったなとの思いがあります。以前ブログの読者から
「直喩の句ばっかりだね」との指摘を受けた事もあり・・・暗喩苦手です。
そして枯葎から「絡む」が容易に連想されるのもネックですね。
ただ、「波を蹴る」という表現には一応オリジナリティがあると評価されての
「人」選だったのかなと自己分析しております。

はっ!もしかして「波を蹴る」=「並を蹴る」!?

これからは「人」にもぐりつつ、はるかな「天」「地」を目指したいです。
今回がまぐれでないと信じつつ・・・。
いずれにせよなつき先生を困らせるほどチャレンジしていきたいと思います!

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初霜や匙一杯の月の砂

2013.11.17.Sun.16:42
初霜や匙一杯の月の砂(季語:初霜)

初霜

14日(木)に千葉某所の我が家の庭でも初霜がおりました。写真の通り
粉をまぶしたようなほんの少しの霜降。しかし数日前から早朝に起きてチェック
していたので小さな感動がありました。

露でも霜でも夜に天から降り日が昇るとまた天に帰る、はかない命が人生に
似ていますよね。名歌や名句の受け売りなのですが・・・。

(それを句に織り込みたいとも思いましたが、陳腐になるきらいがあり
 「月の砂」が降ってくるというロマンチックな表現にしてみました・・・でも
 やはり陳腐かも。)

私はこの歳になるまで病気などで随分遠回りをしているので、余計に人生の短さ
を感じ、その中で何かやっておかねばならない焦燥感にかられます。
俳句という自己表現は私にとっては趣味を越えた、生き甲斐です。
もっとそんな思いや覚悟をぶつけた句を作る事が出来たらいいなと、いやそう
しなければアカンと悶々とすることもあります。
だいたい、そんなときに良い句は作れないのが悲しいところですが。

なお、本当はもう一句、もっと自信のある初霜の句を作ったのですが
チャレンジしたいコンテストにまわしたいと思います。申し訳ありません。


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俳句ポスト365(兼題:初時雨)

2013.11.15.Fri.14:14
寂しさの傘貫きて初時雨(季語:初時雨)評価→並



今回の兼題「初時雨」、あまり自信が無く、しかも投句数が多く850句程との
事だったのでなんとか「並」に滑り込めてほっとしております。
参加した当初は根拠のない勝手な自信から「何故私が並なのか?」と
ふてくされることもありましたが、今は少し客観的に自分の作品を見つめられる
ようになり、「並」も実力相応、いや今回はおまけかな?などと思ってます。
ただここに安住したくはないので、勉強と努力を重ねようと改めて決意する
次第です。

上で「客観的に作品を見られる」と書いたものの、最近スランプなのか
これも実力なのか、おもにツイッター俳句で自分の選句眼に自信が持てません。
秀作と思った句が評価されず、ついでに作ったような句が好評だったりする
こともしばしばです。自分の句の善し悪しもわからないようではと
落ち込んだりもしますが、これも試練と思い、ひたすら句作を重ねると同時に
名句を学び眼力を養いたいものです。
以上探花のお悩み相談室でした。


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*画像は画像検索プリ画像からお借りしました。

ペディキュアのやうやう乾く置炬燵

2013.11.13.Wed.05:00
ペディキュアのやうやう乾く置炬燵(季語:置炬燵(こたつ))

暦の上ではもう冬、しかも寒波で強い冷え込みが昨日から続いて
いるので炬燵の話でも。実は我が家では十月下旬、既に登場しておりました。
実行犯は確かに私ですが、計画・命令したのは母ということをここに
明記しておきます。今では仲良く互いの足のテリトリーも区分して
ぬくぬくしておりますが。既に出られなくなりつつあるのが憂慮すべき
ことですが、結局は「二匹」とも「こたつむり」と化すのでしょう。
一方ペディキュア。それなりに塗ってはおります。もっと若い頃は
究極の楽をしようと、炬燵の中でペディキュアを乾かそうとしたのですが
中が暖かいからといってそう速く乾くわけではなく、さらに母の足が
ぶつかってぐちゃぐちゃになってしまったことが。大失敗でした。
ドライヤーでも失敗したことがあります。短気は損気、というか不器用
というか・・・。結局最近は速乾性のマニキュアやペディキュアで無難な
(=おしゃれでない)単色ネイルを楽しんで満足しております。
かっこいいネイルの方がいとうらやまし、です。



そうそう、先日川端茅舎の句集が届きました。私にとって初めての句集です。
何故茅舎かというと、以前詠んだ「一大自信作」が茅舎の句と
そっくりだったという事件があり(それ以来名句鑑賞の重要性を知る)
麻雀で国士無双にフリこんでしまったようなショックだったのですが
落ち着いて茅舎の事を調べてゆくと、自分と共通点が少なからずある事を
知ったからであったりします。

以上、前回・前々回と真剣すぎて息のつまる文章だったので、少しは楽しい
ことを書こうとしたのですが・・・空振りかしらん?


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俳句ポスト365(兼題:鵯(ひよどり))

2013.11.08.Fri.16:07
納骨の読経鵯輪唱す(季語:鵯)→評価:並



一ヶ月程前から参加している「俳句ポスト365」で苦戦を強いられています。
選者はあの夏井いつきさん、兼題は一週ごとに変わり、投句の締切は水曜。
結果は上からそれぞれ「天」「地」「人」「並」(そして「圏外」)に
ランク分けされます。残念ながらこれまでは三回とも「並」でした。
悔しいけれど、今までは兼題の難しさにあたふたするのみで、その研究を
怠っていたことに最近気がづきました。
小手先のテクニックではなく、徹底的に兼題について見たり触れたり、それが
叶わねば図鑑やネットを最大限に駆使して情報を得てやっとスタートライン。
その上で独自の発想に至らなければならない、なかなかに難しいですが
兼題をこなすことの本質をを垣間見た思いです。
以後はどんな結果でもブログにて公表して臥薪嘗胆するつもりです。
このブログをきっかけに「俳句ポスト365」に参加したいという方が増えたら
幸いです・・・競争率高くなるけど(汗)

*鵯の写真はフリー素材無料写真 森の父さん花鳥風穴からお借りしました。


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花束となれぬぐらいの野菊咲く

2013.11.06.Wed.14:59
花束となれぬぐらいの野菊咲く(季語:野菊)



「駆け込み」秋の季語特集として、毎日ブログを更新しようと思ったものの
鼻炎以上風邪未満の働かぬ脳のせいで、二回目にして恐らく最終回です。
ごめんなしゃい。

秋の最後を飾るのは「野菊」。小菊かもしれないのですが、植えてもいないのに
庭に毎年勝手に咲くのでおそらく野菊ということでお許しください。
推敲に随分時間がかかったのに、結局当初詠んだままの姿で発表することに
なりました。まあ、悩んだ時間も無駄にはならぬということで・・・(汗)
直しだしたらきりがないのですが、中でも気にかかるのは「ぐらい」。
かなづかひの問題です。名詞の「位」は「くらゐ」と表記するのですが
助詞も同じなのか、でも先人の句で「くらい」と使っているのを見た事が
あるような・・・。調べても分からなかったので宿題としておきます。

最近名句と呼ばれるものを数を決めて覚えるのが日課です。
名句から学ぶため、そして類句をつくらないためです。(経験あり)
といってもなかなか暗記が出来ないため、句のイメージからまず入ってゆき
だいたいの内容・言い回しをチェックしておくという感じです。
意味もわからず百人一首を暗記していた中学生の頃が妬ましくもありますが
三十代には三十代の覚え方も、年の功もあるだろうと開き直っています。
今のペースを維持すれば、桜の咲くころに1000句「だいたい」頭に入って
いる筈・・・。途中で投げ出さぬためにも、ここに宣言しておきます。


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穭田やをはりの近きマスゲーム

2013.11.04.Mon.06:52
穭田やをはりの近きマスゲーム(季語:穭田(ひつぢだ))



晩秋だなあと何かにつけしみじみとしていたら、なんと立冬まで
数日となってしまいましたよ奥さん!
まだあの季語もこの表現も使っていない・・・慌てて句作に励むもはかどらず
焦燥感で胸が苦しくなりそうです。
そこで今日はまず「穭田」から整理整頓。
刈り取った筈の稲から芽が伸びて成長し、花や穂までついてしまったりした
田の事を云います。長年この現象を知りながらなにぶん無知なもので呼称を知らず
(聞くたび忘れ)調べに調べて先日ようやくこの名にたどりつきました。
そこまででかなりの充足感を得たのですが(笑)、やはり一句詠みたいと
いうことで作ったのが冒頭の句です。
田植えから始まり、青田、稲田、刈田、そして穭田。整然と稲の並んだ田が
変化するのはまるでマスゲームを見ているようで・・・。少々月並みになって
しまいましたがご寛恕頂ければ幸いです。
さてさて、あとどれだけ秋の句を詠めることか・・・乞うご期待!?

*「穭田」が機種依存文字なので文字化けがありましたらご指摘いただけると
助かります。


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夜長し母は理系の脳で編む

2013.11.01.Fri.06:35
夜長し母は理系の脳で編む(季語:夜長し)



私は編み物が苦手です。左利きなのでそれを直し右手で編むのが面倒という
食わず嫌いであります。
それに比べ母は編み物上手。簡単な小物ならすぐに作ってしまいます。
テレビの編み物講座も、私はさっぱり理解できないのに
うんうんと頷きながら観ている様子。
親子のこの違い、私は「母は理系だから」と勝手に解釈しております。
複雑な編み方の型紙を読み解くのもしかり、テレビの見よう見まねで編んで
しまう学習能力もそうです。
幾何学模様が編めるのは幾何を理解しているからなのです、きっと。
それなら大学受験で数学にたたられた文系人間の私が苦手なのもむべなるかな、と
かなりの極論ですが確信している次第でありました。


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