もう会へぬ友の盃「●酒」注ぐ~古酒、新酒、はたまた猿酒?

2013.10.12.Sat.05:00
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毎日取り組んでいるツイッター俳句、昨日の兼題が「古酒」だったので
日本酒好きとして(写真は洋酒ですが)五句ほど詠んでみました。
中でも好評だったのが

もう会へぬ友の盃古酒注ぐ

だったのですが、或る方から「新酒でもいけますね」との
ご指摘を受けました。
私はなんらかの事情でもう酒を酌み交わせぬ友の事を思い出すのには
昔飲んだものと同じ酒が良いなあという漠としたイメージがあり古酒の
句としたのですが、その方は、亡くなったご友人の分も盃をもらって
おいしい新酒を飲まれたという具体的な思い出があるとのことで、
この句での酒が新酒でも良いとおっしゃるのも当然だと思いました。いや
そんな鮮やかな記憶の方が、私の漠然とした想像に勝るのではと
考えております。
みなさまはどうお感じになりましたか?
結局のところ季語を入れ替えてもOKである句を作ってしまったのが
いけなかったのでしょう。古酒なら古酒がピッタリ唯一当てはまる
句を詠むべきでした。また一つ俳句の難しさを学んだ探花でありました。

*ちなみに猿酒(さるざけ)とは新酒・古酒と同じく秋の季語です。
猿が木のうろや岩のくぼみなどに蓄えておいた木の実が自然に発酵して
酒のようになったものを指し、霊薬だとも言われておりますが
ファンタジー性が強いです。
私がツイッター俳句の「さえずり派」の当番でみなさんに課した
はじめての季題でもあることもちょこっと宣伝しておきます♪


参加しました。応援して頂ける方1日1回ぽちっとな♪

コメント
新酒をこそ
 おしゃべりが好きなものですから、すみません、またお邪魔します。

 私は「新酒」に一票を投じたいと思います。
 「古酒」は付き過ぎの感を否めず。それに、「漠としたイメージ」だから、季語が動いてしまうように感じるのかもしれません。
 「新酒」には、実体験の重みが感じられます。その重みのために、季語は動かなくなるようにも思います。
 そして何よりも、私が亡き友と酌み交わすことを想像したら、やはり新酒にするだろうという確信があります。新酒で、新たな世界を旅している友に、その友の杯で祝杯を上げる。そこには、亡き友に、この世のことを知らせる気持ちも込められているでしょう。おい、今年もいい酒ができだぞ、と、のんべいだった友に告げる─。
 その席では、やはり新酒しかありません。

 またまた勝手なことを申しました。悪しからず。
No title
献杯だと、古酒が良いかな~って、個人的な感情です。でも、この季節なら。。新酒?になるのかもw いよいよ、来月には新酒。。出てきますものね~~(笑)新酒に新米。。秋の味覚(爆)
ユー坊さん
書き込みありがとうございます。おしゃべり大歓迎です!
毎度レスが遅れてしまい申し訳ありません。

ユー坊さんはやはり新酒派ですか。確かに漠としたイメージからでは
自信を持った句作は出来ないし、季語が浮いてしまいますね。
ただ、古酒はともかく、なじみのない季語が兼題に出た時などは
どうしてもイメージを膨らませる作業に頼らざるを得なくなってしまいます。
難しいですね。

ユー坊さんの亡き友と交わす新酒のお話も心がこもっていて
説得力がありますね。新しい世界を旅しているお友達に新酒で祝杯を
あげる、この世のことも振り返ってもらう・・・素敵です。

どうも私は発想が暗いのでしょうか・・・
カーサン4452さん
書き込みありがとうございます~!お元気でしたか?
カーサンさんは古酒派ですか。お仲間ですね♪でも確かに新酒が待ち遠しい
季節ですから、新酒にも魅力を感じますね。
うちは昨日新米がやってきました。新酒も楽しみです!

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